トントン 彩奈の家をノックしたが彩奈は出て来ない。
あれ? おかしいな。普段はこの時間なら彩奈も起きているはずなのに。
僕がもう一度彩奈の家の扉をノックしたところで、近くを通りかかったおばあさんが話しかけてきた。
「あら、石神さんに用があるのかい?」
「はい、いつもならもう起きているはずなんですけど、まだ寝ているんですかね」
「石神さんならさっき村を出て行ったよ。何でも勇者の職に就いたから魔王討伐に行くんだとか言ってて、」
(((もう行きやがったのかよ!)))
僕はおばさんが喋っている最中だったが、その言葉を最後まで聞かず、村の門の方へ走った。そして、僕はおばさんの方に振り返ってこう言った。
「おばさんありがと、彩奈んとこ行ってくる!」僕は焦ってすぐに彩奈を追いかけた。
「あらあら、青春だねぇ」
勿論だが僕が追いかけているのは青春だからではない。このまま僕が一人で王都に向かっても恐らく途中で出会ったモンスターに絶対に勝てないからだ。自分で言うのもなんだが、僕は自分のことを相当弱いとふんでいる。今まで一度もモンスターと戦ったことが無いし、職業も侍と、よく分からない昔の武士の職業。刀を使って戦うことは知っているが、この小さな村に刀なんてあるはずがない。
このまま彩奈とは別で王都になんざに向かったら、あっという間にモンスターに食い殺されて僕の人生はゲームオーバーだ。それに比べて彩奈は、子どもの頃から気が強くて活発で、今でも僕なんかよりもずっと逞しい。彩奈が付いた職業である勇者の職は魔王討伐を任されるほどの職業なのだから、絶対に強いに決まっている。
僕が村の門の前まで行くと、大勢の人に見送られながら彩奈が村を出て行くところが見えた。
「彩奈ぁぁぁぁ‼ 待ってくれぇぇぇぇ‼」僕がそう呼ぶと彩奈が立ち止まって振り返った。
「あら、響希。どうしたのよこんなに早く。まさかあたしが居なくなったら寂しくなっちゃうとか言い出さないわよね? いい? あたしは勇者なの、魔王討伐に行かないといけないのよ。悪いけどここに残るなんてことは、」彩奈の言葉を遮って僕はこういった。
「僕も連れて行ってくれ!」
「・・・・・・はぁ? あんた魔王討伐に行くの嫌がってたでしょうが」
「いや、気が変わったんだ。今は行きたくて仕方がないんだ。頼む! 僕も連れて行ってくれ!」
「あんたね、何企んでるのよ」
「何にも企んでなんかいない。僕のことは気にしなくていいから、な、どうせ旅するなら仲間は多い方がいいだろ?」
「それはそうね・・・・・・じゃあ、まあいいけど」
よっしゃあ! これで死ぬリスクが減ったぜ。
「とりあえず、今から王都に向かうからね」
「おっけー! お安い御用だぜ!」
「お安い御用ならあんた一人で行きなさいよ」
「お、お安く無くなったぜ」
「あそう、それじゃ、あたし王都に入ったこと無いから、あんた道案内宜しくね」
キギリ村から王都に行くには、山を二つ越えなければならない。この森でモンスターが出没する前は何度か行ったことがあったが、一つ目の山を越えたあたりで野営をしなければならなかった。丁度そこには川が流れていて魚がたくさん取れる。僕たちはそこを目指して歩いていた。
*
「嫌だぁぁぁ~。もう疲れた~。歩きたくない~。響希休憩~、休憩しようよ~? ね、ね、ね?」
「さっき休憩したばっかだろ。このペースで進んでると道の途中で野営することになるぞ」
「それもやだぁぁぁぁ! でも休憩するぅぅぅぅー!」
くっそぉ、このわがまま野郎。お前が勇者じゃなかったらとっくに置いてっているからな。
僕は自分の気持ちをぐっとこらえた。
彩奈は木の根の上に座って勝手に休み始めてしまったので、僕は彩奈と本日、三度目の休憩をすることになった。仕方がないから僕も適当な岩の上に座って休んでいると、近くの茂みがガサガサと動き出した。
ガサガサ ガサガサ ガサガサ
「彩奈! モンスターだ、戦闘態勢に入れ!」僕はそう言い、そこら辺にあった木の棒を構えると、お茶を飲んでいた彩奈は、魔法の杖を構えた。
今更だが彩奈は何で魔法の杖なんだろう? こいつ魔法なんか使えたっけか? そうか、勇者になって魔法を覚えたのか。それでも恐らく彩奈も初めてのモンスターとの戦闘。しっかり気を引き締めないとな。
僕はゴクりと息を飲んだ。
ガサガサ ガサガサ 茂みの揺れは徐々に大きくなってきている。緊張感が増し、僕は木の棒を強く握りしめた。
徐々にモンスターが近づいてくる。心臓の鼓動が徐々に大きく音を鳴らし、緊張感が高まってくる。
落ち着け、落ち着け僕。人生初のモンスターとのご対面だ、僕一人じゃどうにもならなくても彩奈と一緒なら乗り切れるはずだ。落ち着け、冷静に対処するぞ。
ガサガサ ガサガサ 大きく動いていた茂みは僕たちの近くでピタッと止んだ。そして、謎の茂みからモンスターが顔を出した。・・・・・・かと思ったら見慣れた顔の一匹の犬だった。
「わん!」
顔を出したのは今朝里親に預けて行ったばかりのクロだった。クロはしっぽを振りながら僕のところに近づいてきた。
「へっへっへっへ わん!」思わず僕と彩奈は顔を見合わせ、僕はポロリと言葉が漏れた。
「来ちゃったのか。まあ・・・・・・いいか・・・・・・。」
僕たちはクロを仲間に入れ、先へ進んだ。幸いにもキギリ村の近くではモンスターの出没が少なかったようで、野営ポイントまでモンスターと出会わずにたどり着くことができた。
途中で何度も「休憩~」「休憩~!」と、彩奈が騒いでいたが、クロでもまだ歩けるのに勇者である彩奈がクロより先にへばって良いのか? と言うと、ヘロヘロになりながら後をついて来た。
辺りはすっかり暗くなっている。しかし、すぐそこに野営ポイントが見えた。どうやらモンスターに出会わず無事に野営ポイントまではこれたようだ。
「彩奈、今日はここで野営をする。明日まで休むぞ」僕がそう言うと、彩奈はどさっと荷物を置いて座り込んだ。
「もう無理、もう歩けない、もうやだ」
昨日、魔王討伐を任されるなんて凄く名誉ある事じゃない? とか言っていたやつとは思えないな。まあ、何はともあれ野営ポイントまでたどり着けて良かったと思うとするか。こんなに暗くなっちまったけどな。
「彩奈、僕はむこうの川で魚を取ってくるから、火起こし頼むよ」
「ふぁ~い」彩奈はやる気のない返事をした。
僕は彩奈を放っておいて、川に行くと、後ろからクロも付いてきていた。
「クロ、お前も休んでても良いぞ」
「わん!」クロはそう言うと、川に入って行った。
多分クロは川で遊びたいのだろう。僕はクロを放っておいて川に入り、魚を探すために水の近くに顔を近づけた。幸いにも僕が前にここを通った時と同様、川には大量に魚がいたので、早々に靴を脱ぎズボンと服の袖をまくって川に入った。さすがに手掴みで魚を取るのは難しいので、モリ付きとおなじ要領で、さっき拾った木の棒で魚を指して捕まえようとした。前回ここに来たときは、モリを持って来ていたのだが、今回は急だったのでモリを持っていない。魚をめがけて木の棒を突き刺しても、ガスッ と岩にあたる音ばかりが辺りを木霊していた。
う~ん。思っていたよりずっと難しいな。これなら手掴みの方が簡単そうな気がするし、そうしようかな。まさかこんなに早く家を出ることになるとは思ってなかったけど、モリを持って来ていれば楽だったのにな。
僕が魚取りに悪戦苦闘していると、クロがチラッと僕の方を見た。
「わん!」クロがそう言ったので、僕はクロの方を見ていると、クロが川の中に潜った。
「クロ、僕は遊んでいるわけじゃないんだぞ」僕はそう言ってクロから目を離し、また魚を探していると、クロがこっちに近づいてきた。見ると、クロが魚を取って戻って来たのだった。
「おおぉぉ! でかしたぞクロ! さすが野生の本能むき出しの犬だ。セックス以外にこんなこともできるのか。この調子でどんどん魚を捕まえて来てくれ」
「わん!」
十匹くらい捕まえただろうか。火を起こして待っているであろう彩奈の元へ戻ると、珍しく僕の言ったことを聞いてくれていて、しっかり火を起こしておいてくれていた。
彩奈が、火の前で体育座りをして手をかざしていた。彩奈は僕たちに気付いたらしくこっちを見た。
「ちゃんと火起こししてくれてたのか。意外だな。」
「意外って何よ、そんな事よりもうお腹ペコペコだよ~。ちゃんと取れた?」
「おう、しっかり取れたぞ。ほれ」僕はそう言ってクロが捕まえてくれた魚を見せた。
「あら、全部歯形があるじゃない。あんたクロに捕まえさせて自分は休んでいたんじゃないでしょうね」
「う、うぐっ」僕は彩奈の言葉にぐうの音も出なかった。休んでいたわけじゃなかったが、確かに魚を捕まえたのは全部クロだからだ。
「何、うぐっ って。あんたクズだから! ほらクロちゃんおいで。可哀想にクロちゃんばっかり働かされて。あ~あ~可哀想に」クロは彩奈の方へ近づいた。
「く~ん く~ん」
「おいクロ、悲しそうにするな」
「良いのよクロちゃん、可哀想にね~」
「く~ん」
「く~んじゃねぇ、なんで悲しそうにしてんだよお前は、自分から進んで取ってきてくれたじゃねーか!」
「わん!」クロの言いたいことはよく分からなかった。
「彩奈、モリを持って来ていなかったから僕じゃ捕まえられなかったんだ」
「あそう、それでクロちゃんばっかり働かされて」
「く~ん」
「ああーああーああ。二人ともうるさいぞ。明日も早いし、二人ともさっさと食事にするぞ」
「は~い」
「わん!」

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